ストリング系物理音源のIR(Impulse Response)について(その1)

 ここで取り上げる物理音源は、Audio Modeling社のSWAM Stringsと、Sample Modeling社のSolo, Chamber & Ensemble Strings(以下、SCES)です。

 以前より、ベートーヴェンのピアノソナタを打ち込む合間に、弦楽器の打ち込みについていろいろと検討してきました。ヴァイオリンやチェロ協奏曲、弦楽四重奏などの打ち込みも試してきましたが、いまだに「これだ」と思える音源には出会えていません。もっとも、それはそれぞれの音源を充分使いこなせていないのが主な原因だとも思っていますが。

 そこで今回は、いくつか所有しているストリング音源のうち、物理モデリング音源について、特に「IR(インパルス・レスポンス)」という観点から理解を深めたいと思い、検討してみました。私自身は素人に過ぎませんので、記述に誤りがあればご指摘いただけると幸いです。

【検討対象音源】
 Audio Modeling社:SWAM Solo Strings、SWAM String Sections 
 Sample Modeling社:Solo, Chamber Ensemble Strings(SCES)

【評価の観点】
 両音源ともに様々な演奏テクニック(アーティキュレーション)の再現性が高く設計されていますが、最終的に重要となるのは「全体としての音質が、どの程度“生楽器らしい”か」だと感じています。
 一般に、SWAMはテンポが速く、アタックの効いた楽曲ではリアルな音に近づきやすい印象があります。一方で、静的で変化の少ない楽曲では、SCESのほうが自然に聴こえる場面も多いと感じます。ここではその背景にある構造的な違いを探ってみます。

1. Audio Modeling社 SWAMについて

■ 設計思想:
 SWAMは、実際の楽器の物理構造と演奏動作を数学的・物理的にモデル化し、リアルタイムに音響現象をシミュレートする「完全な物理モデリング音源」です。

■ 音源の構成要素:
・エネルギー源(Exiter)のモデリング
  弓の速度、圧力、位置、方向
  ピチカートのアタック、指の位置、強さ
・共鳴体(Resonator)のモデリング
  楽器のボディ、管内、f字孔などの共鳴
  定在波や反射、共鳴周波数をリアルタイム演算
・相互作用(Interaction)
  弓と弦の摩擦(フリクション)、ノイズ生成など
・ダイナミックレスポンス
  単に音量が変わるだけでなく、響き方や倍音構成が変化
  強く弾くと荒々しく、弱く弾くと繊細になる

 これらすべてがリアルタイムで数式により生成されるため、「毎回異なる音」が出るという意味で非常にライブ感があります。その反面、演算処理の負荷が高く、CPUリソースを多く消費します。サウンドライブラリ自体は非常に軽量(数十MB)です。

■ SWAMの音響空間とIRについて:
 SWAMでは、たとえば「CREMONA」「FIRENZE」「ROMA」といった“楽器のボディ”のように見える選択肢がありますが、これは実際には「Ambiente」というSWAM独自のルーム・シミュレーション機能によって音響空間を変化させています。これはIRを用いたものではなく、物理モデルによるリアルタイム演算です
 つまり、Ambienteをオフにすると、空間的な響きは除かれ、ドライな状態の楽器音のみになります。この場合、DAWにIRローダーを組み込んで、外部IRを適用することでさらにキャラクターを変化させることが可能になります。

2. Sample Modeling社 SCESについて

■ 設計思想:
 SCESは、実際に録音されたサンプルを非常に短い単位で用いながら、それらをリアルタイムで物理的に変形する「ハイブリッド音源」です。サンプリング音源のリアリティと、物理処理による柔軟さを併せ持ちます。

■ 音源の構成要素:
・サンプリング:
  実際の演奏を極めて短い単位(数百ms)で録音
  多数の奏法を網羅せず、基本素材として使用
  無響音室(anechoic chamber)で行われている
・リアルタイム処理
  音高変換:フォルマント補正付きのピッチシフト
  ダイナミクス変化:音量だけでなく音色・倍音も変化
  トランジション(レガート、グリッサンドなど)
  マイクポジション・放射モデルの変化

■ ハイブリッドの効果:
・サンプルベースより柔軟な演奏表現が可能
・フルモデリングよりもCPU負荷が低く、扱いやすい
・ライブラリサイズも比較的軽量

■ IRとの関係:
 SCESでは、空間の響き・音質の変化にIR(インパルス・レスポンス)を利用しており、CC100で内部IRのプリセットを切り替える仕組みがあります。 無響音室(anechoic chamber)で録音されているためにCC100との分離が可能になっているわけです。
 このCC100を「0」に設定すればIRなしのドライ音になり、DAWのIRローダーで外部IRを読み込むことで、空間特性をカスタマイズすることが可能です。

 Sample Modeling社はAudio Modeling社から分かれて設立された経緯があり、その音作りの思想や手法も大きく異なっています。今後、両社がAI技術の進展にどう適応していくかが非常に楽しみです。