ストリング系物理モデリング音源 SWAM と v3.10 における IR(Impulse Response)の導入について(Part 2・改訂版)

以前ストリング系の物理モデリング音源 SWAM のv3.10へのバージョンアップ の通知の中に「IR(Impulse Response)が導入された」というメーカーの説明がありました。ところが、公式の Release Notes を確認すると、そこには IR という言葉は見当たらず、代わりに Body という用語が使われています。

この食い違いが気になったため、あらためてメーカーの情報を読み直し、自分なりに整理してみた内容を、Part 2(改訂版)としてまとめておきたいと思います。もし理解が誤っている点がありましたら、ご指摘いただければ幸いです。

1.SWAM の設計思想と従来の仕組み(〜v3.9)
SWAM は、実際の楽器構造や演奏動作を物理的にモデル化し、リアルタイム計算によって音を生成する 完全な物理モデリング音源です。弓の動きや圧力、指の位置といった入力に応じて、弦や胴の共鳴、倍音構成の変化が逐次計算されます。

そのため判別は容易ではありませんが、同じ MIDI データでも「毎回微妙に違う音」が生まれるという特徴があります。CPU 負荷は比較的大きい一方で、ライブラリサイズは非常に軽量です。

従来の SWAM には Ambience(内部ルームシミュレーション) が搭載されており、「Cremona」「Firenze」「Roma」といった都市名プリセットによって、空間の響きや距離感を切り替えることができました。

この Ambience は、いわゆる IR 畳み込みではなく、数値モデルによるアルゴリズムベースの空間処理でした。Ambience をオフ(あるいはAmount を最小)にすると空間的な残響は消え、物理モデリングによる発音のみが残るため、必要に応じて DAW 側で外部の IR やリバーブを用いることも可能でした。

2024 年の v3.8 では Ambience(Room Simulator)が刷新され、より高度なルームシミュレーションが可能になりましたが、この時点ではまだ IR は用いられていませんでした。

2.SWAM v3.10 で何が変わったのか(Body と IR の関係)
2025 年に公開された SWAM v3.10 では、Release Notes 上では「IR」という言葉は使われていませんが、新しい Body が追加されたことが明記されています。一方、最近のプロモーション文では次のように説明されています。

Solo Strings now include brand-new Impulse Responses, simulating the acoustic body of each instrument with remarkable realism.

この記述から分かるのは、各 Solo Strings に「楽器胴の音響特性を模した IR」が新たに導入されたという点です。ただし、この IR はユーザーが直接操作したり差し替えたりする独立した機能として提供されているわけでは無いんですね。Audio Modeling ではこれを Body という音楽的・概念的な単位としてまとめ、UI 上では都市名プリセットとして提示しているようです。

また、Release Notes にある Dry Body は、こうした音響特性(IR を含む Body 成分)を加えない、基準となるドライな状態を意味すると考えられます。

追加:
元々のbodyと新たに追加されたbodyとの違いをaudio modering社に確認したところ以下のことがわかりました。

SWAM v3.10 では、新たに実測ベースの IR を用いた Body が追加された。一方、従来から存在する Cremona などの Body は、過去プロジェクトとの互換性を保つため内部実装は変更されていない。Audio Modeling ではこれらをまとめて「IR-based Body」と呼んでいるが、実装世代には差がある点に注意が必要である。

一方WAMには、プリセット(Bach / Saint-Saëns など)として「演奏の仕方」が別に用意されており、その後に都市名 として「楽器そのもの鳴り方」が選択できるようになっています。v3.10 では、この Body の内部実装に楽器胴を中心とした近接音響特性を表す IR が導入されましたが、操作体系自体は従来と同じです。

したがって v3.10 における信号の考え方は、
– 物理モデリングによる発音(演奏方法の選択)
– Body(楽器胴の音響特性を含む IR ベースのキャラクター)
– Ambience(部屋・距離を扱うルームシミュレーション)
-出力
という多層構造として理解すればいいんじゃないでしょうか。Release Notes では IR という実装用語を避け、Body というユーザー向けの概念で整理しているため、表現上のズレが生じていたものと思われます。

3.Sample Modeling と Audio Modeling の歩み
さて、ここで少し歴史を振り返ってみたいと思います。

3-1.Sample Modeling の登場
2007 年頃、イタリアのエンジニア集団によって Sample Modeling が設立されました。彼らは、非常に短いサンプルを用いながら、物理モデルによる補正・変形を組み合わせる「サンプル+モデリング」のハイブリッド方式を採用しました。

The Trumpet や The Saxophone などの管楽器音源は、サンプルのリアリティと演奏表現の柔軟性を両立したものとして高い評価を受けました。

3-2.Audio Modeling の独立
2017 年頃、Sample Modeling の共同創業者の一部が独立し、新たに Audio Modeling を設立します。ここで開発されたのが、現在の SWAM エンジンです。Audio Modeling は、サンプルを一切使わない完全な物理モデリングを追求する方向へ進みました。

その結果、
– Sample Modeling:サンプル+物理モデル(ハイブリッド)
– Audio Modeling(SWAM):完全物理モデリング
という二つの流れが生まれました。

4.IR の扱いに見る両者の違い
この分岐は、IR の扱い方にも表れています。

Sample Modeling(SCES)
– 無響音室で録音したサンプルを基礎とし
– 内部 IR(畳み込みリバーブ)によって空間特性を付加
– CC100 によって IR の寄与度をコントロール可能

Audio Modeling(SWAM)
– 発音そのものは完全な物理モデリング
– v3.10 で、楽器胴を中心とした近距離音響特性を表す IR がBody として内部実装された
– IR は独立した機能ではなく、音色キャラクターの一部として統合

同じルーツを持ちながら、SCES は「サンプル+空間 IR」、SWAM は「物理発音+楽器胴 IR +空間シミュレーション」という異なる到達点に至った点は、非常に興味深いところです。

5.今後の試み
以前、SWAM Solo Cello を使ってサン=サーンスの《Le Cygne》を試しに打ち込んだことがあります。今回 v3.10 で導入された Body(IR ベースの音響特性)が、この曲にどのような影響を与えるのか、Dry Body との比較を通じて確認してみようと思っています。ただ、打ち込み技術については相変わらずの素人ですので。音の違いだけを検討してみようと思っております。

付記
この記事は、メーカーの公開情報(Release Notes およびプロモーション文)と、実際の使用感をもとに整理したものです。技術的な誤解や補足があれば、ご教示ください。