1.楽譜を読むAIから、演奏を読むAIへ
このところ、音楽とAIとの関わりがさまざまな形で話題になってきています。
作曲は別として、DTMに関わる流れの一つとして、たとえば、NotePerformer のように、楽譜を読み取り、人間らしい演奏へ再構成しようとするシステムがあります。また、Melisma のように、旋律やリズム、音楽構造そのものを読み解こうとするアプローチもあります。
それぞれ方向は異なりますが、共通しているのは、音楽を、単なる音の集合ではなく、構造や意味を持つものとして捉えようとしていることだと思います。
では、その流れの先にあるものとして、AIはクラシック音楽の演奏そのものを評価できるのか、ということです。
今回は、その点をChatGPTで試してみました。
2.ベートーヴェンの作品で実験してみました
現在見直しをしている Piano Sonata No.29 in B-flat major, Op.106、いわゆる《ハンマークラヴィーア》冒頭部分の打ち込み音源をChatGPTに送り、感想を求めてみました。
すると、返ってきた内容に少なからず驚かされました。
それは、日頃、演奏について助言をいただいている我が師から受けてきた指摘と、表現の仕方は違いますが、かなり近い部分があったからです。
- 低音の支配力
- 音楽の進む方向
- 冒頭の宣言性
- フレーズの重心
- 音楽全体の推進力
このような着眼点が共通していました。これはなかなか興味深い体験でした。
3.AIは、どのようにして音楽を判断しているのか
そこでさらに次の質問をしてみました。
「あなたは、どういう仕組みでそのような評価をしているのですか?」返ってきた説明を要約すると、主に次の三層で音楽を捉えているということでした。
① 物理層
まず、音そのものの情報です。
- 音量の変化
- タイミングの前後
- アタックの強さ
- 音域バランス
- 和音の密度
つまり、演奏の表面的な特徴ですね。
② 構造層
次に、それを音楽構造と照らし合わせます。
- 和声進行
- フレーズの方向
- 声部の役割
- 対位法的重み
- 主旋律と内声の関係
たとえば、低音が弱いと、和声の支えも弱く聞こえます。
③ 意味層
さらにその上に、
- 緊張感
- 推進力
- 宣言性
- 落ち着き
- 解決感
といった音楽的意味づけが加わります。
ここは人間の演奏解釈にかなり近い領域ですね。
4.ベートーヴェンの作品は特に相性が良いのかもしれない
ベートーヴェンの作品、とりわけ後期に近づくほど、
- 構造の強さ
- 動機の発展
- 和声的重力
- 前進するエネルギー
が非常に重要になってきますよね。
したがって、単なる音色の美しさよりも、「どこに重みがあり、どこへ向かっているか」を捉える分析は、意外にAIと相性が良いのかもしれません。
5.なるほどと思ったこと
これまで、MIDIでクラシック音楽の打ち込みをやってきていて思うんですが、演奏とは結局、
- 何を前に出すか
- どこを支えるか
- どこで推進するか
- どこで解放するか
という判断の積み重ねだと思うんです。これは、ピアノであれ、弦であれ、オーケストラであれ、本質は変わりませんよね。
そう考えると、AIの指摘と我が師の着眼点とが一部重なるのも、不思議ではないのかもしれません。
6.ただし、AIは音楽を“感じている”わけではないはず
ここは大事な点だと思うんです。
AIは人間のように、感情や身体感覚を伴って音楽を聴いているわけではありません。
人が音楽を聴くときには、
- 心が動かされる
- 緊張と解放を感じる
- 懐かしさや高揚感を覚える
- 呼吸や時間の流れまで変わる
といった、体験としての聴き取りがあります。AIには、その意味での内面的な体験はありません。
あくまで、以下のような整合的な分析や助言を返している、という方が正確でしょう。
- 演奏の特徴
- 音楽構造
- 過去の膨大な知識との照合
- 言語化された解釈モデル
それでもなお、人間が見落としがちな構造やバランスを指摘してくれる点で、十分に興味深い存在だと感じます。
7.自習の相手として
音楽をきちんと勉強してきてない自分にとっては、
- 自分では気づかなかった弱点
- バランスの偏り
- 音楽の方向性の不足
- 声部処理の曖昧さ
を指摘してくれる相手としては、かなり興味深い存在です。
我が師に代わるものではありませんが、制作や練習の途中で、自分を映す鏡のように使う価値は十分にあると感じました。
8.最後に
NotePerformer が「楽譜を読むAI」だとするなら、今回のChatGPTは、ある意味で 演奏を読むAI の入口にいるのかもしれませんね。
AIがクラシック音楽を本当に理解しているのか――その答えは、簡単ではないはずです。
そもそも、人が音楽を理解すると言っても、その中身は一つではないからです。
理論として分かること。
演奏として分かること。
そして、ただただ心を動かされること。
それぞれ、別のかたちの理解があると思います。
けれど少なくとも、音楽の構造を読み、演奏について共に考える相手には、なり始めているように思います。今回の体験で、私はそう感じました。
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