―「草原に吹く穏やかな風」から、4本の弦が緊張し合うアンサンブルへ―
以前、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第13番 Op.130 第5楽章「Cavatina」の見直し[1]に際し、Vienna MIR Pro 3D[2]を初めて使ってみました。
その際、最初の手がかりにしたのが、Vienna Symphonic Libraryが公開しているYouTube動画 “Vienna MIR Pro 3D – Tutorial with Real String Quartet” [3] でした。
実際の弦楽四重奏を使い、Mozartsaalをはじめとする複数の会場で、配置やDry/Wetによって響きがどのように変わるかを示したもので、MIR Pro 3Dを使い始めるうえで大変参考になりました。
[1] Beethoven String Quartet No. 13-5 “Cavatina” (Revised)
[3] Vienna MIR Pro 3D – Tutorial with Real String Quartet(Vienna Symphonic Library)
念願のMIR Pro 3Dでしたが、基本的な使い方やオーケストラでの使用例は見つかるものの、弦楽四重奏については意外にもこのTutorial Video以外に詳細な具体例は見つかりませんでした。
そこで今回、今後の自分自身の基準として、また一つの具体的な設定例として検討し直しましたので、ここに残しておくことにしました。
1.出発点 ― 響きは美しい。しかし……
楽器の並びには、古典的な配置である、Vln1 – Viola – Cello – Vln2 を使っています。
最初は、前述のVienna公式チュートリアルを参考にしながらMIR Pro 3Dの設定を作りました。
その結果、響きそのものは美しく、4本の弦もよく溶け合いました。Mozartsaalの響きの素晴らしさにも、かなり感動しました。
ところが何度か聴いているうちに、ただ「草原に穏やかな風が吹いている」ように感じるようになりました。美しい。しかし、少し穏やかすぎる。
Cavatinaとしての静かな美しさはあるものの、4人の奏者が互いに聴き合い、反応し、ときには緊張し合いながら演奏する、弦楽四重奏特有の関係が弱く感じられたのです。
もちろん、これはViennaのチュートリアルの設定が問題ということではありません。この動画は、MIR Pro 3Dで実際の四重奏を自然な空間へ置く方法を知るうえで非常に参考になりましたから。
ただ、自分がベートーヴェンのCavatinaで期待したのは、単なる4本の弦の「分離」による「美しい空間」を作るだけでなく、そこからさらに一歩踏み込んで「4人の奏者の緊張感ある関係」を作ることなんです。
そこでMIR入門者として、この機会に設定を根本から見直し、この素晴らしいプラグインをもう少し深く勉強してみることにしたわけです。以下に具体的な項目と数値を書いておきます。
2.当初のMIR設定 ― MIR1
Venue:Mozartsaal
配置順:Vln1 – Viola – Cello – Vln2

Vln1
・Position:x=-1.5, y=1.5, z=1.5
・Rotation:z=-14, y=0, x=30
・Width:1.0
・Dry/Wet:10%
Viola
・Position:x=-0.5, y=2.2, z=1.5
・Rotation:z=0, y=0, x=15
・Width:1.0
・Dry/Wet:20%
Cello
・Position:x=0.5, y=2.2, z=1.5
・Rotation:z=0, y=0, x=-15
・Width:1.0
・Dry/Wet:20%
Vln2
・Position:x=1.5, y=1.5, z=1.5
・Rotation:z=14, y=0, x=-30
・Width:1.0
・Dry/Wet:10%
Main Microphone
・MIRx Mozartsaal – Stereo MS
・Position:3rd Row
・Offset:default
Secondary Microphone
・MIRx Mozartsaal 2nd – Lateral 8s
・Position:Balustrade
・Offset:default
・Volume Offset:-5 dB
Auto-Aim:Off
各楽器の向きは個別に設定。
Instrument Profile:
各楽器に対応するものを設定
3.MIRの設定を見直す
今回見直したのは、4人の古典配置そのものは維持したまま、各楽器の距離、横方向の広がり、Width、Rotation、Dry/Wetなどの関係です。
4.見直し後のMIR設定 ― MIR2
Venue:Mozartsaal
配置順:Vln1 – Viola – Cello – Vln2

Vln1
・Position:x=-1.0, y=1.5, z=1.5
・Rotation:z=-14, y=0, x=0
・Width:0.8
・Dry/Wet:25%
Viola
・Position:x=-0.4, y=2.2, z=1.5
・Rotation:z=0, y=0, x=0
・Width:0.8
・Dry/Wet:30%
Cello
・Position:x=0.4, y=2.3, z=0.8
・Rotation:z=0, y=0, x=0
・Width:0.8
・Dry/Wet:25%
Vln2
・Position:x=1.0, y=1.5, z=1.5
・Rotation:z=14, y=0, x=0
・Width:0.8
・Dry/Wet:30%
Main Microphone
・MIRx Mozartsaal – Stereo MS
・Position:Conductor
・Offset:default
Secondary Microphone
・MIRx Mozartsaal 2nd – Lateral 8s
・Position:Balustrade
・Offset:default
・Volume Offset:-5 dB
Auto-Aim:Off
各楽器の向きは個別に設定。
Instrument Profile:
各楽器に対応するものを設定。
MIR1と比べると、MIR2では4人をやや中央へ寄せ、Widthを1.0から0.8へ縮小しました。また、X方向のRotationを外し、水平面上のZ Rotationを中心に整理しています。
Dry/Wetについても改めて比較し、最終的には
Vln1 25% / Viola 30% / Cello 25% / Vln2 30% を基準としました。
Dry側へ寄せれば寄せるほど、それぞれの弦は当然際立ってきます。この比率は、直接音の輪郭を保ちながら、4本の弦が同じ空間で鳴っている感じも失わない、その境目を探した結果です。
5.MIRを変えたら、演奏バランスまで変わりました
MIR2にすると、以前より各楽器の存在が明確になりましたが、同時に、それまで作っていた音量バランスも崩れてしまいました。これは興味深い結果でした。
空間配置だけを変更したつもりでも、聞こえてくる声部間の関係が変わり、、演奏そのものを再調整する必要が出てきたわけです。
まず、Vln2、Viola、Celloのバランスを再検討し、さらにCC11を曲の最初から見直しました。
また、Vln1とVln2を単に同じ音源から鳴る二つの声部ではなく、二丁の異なるヴァイオリンとして聞こえるようにするため、Body IRを変更しました。
・Vln1:S6
・Vln2:S1
さらにVln1だけに最小限のEQを加え、Vln2から「半歩だけ」独立させました。
FabFilter Pro-Q 4
・Filter:Bell
・Frequency:1500 Hz
・Gain:+1.0 dB
・Q:0.8
当初は、MIR Pro 3DのMozartsaalが作り出す「美しい響き」の素晴らしさに感動していました。
しかし、その美しさを追いかけるうちに、各弦が持つ緊張感が足りず、4人の奏者の関係をさらに説得力のあるものにする必要があることに気づきました。
考えてみれば、これは弦楽四重奏の基本ですよね。
つまり、「草原に吹く穏やかな風」のような美しい響きから、4本の弦がそれぞれに緊張を持ち、互いに聴き合う弦楽四重奏へ、という見直しになったわけです。
このMIR2の設定は、今後ほかの弦楽四重奏曲を制作するときにも、まずここから始められる基本形になりそうです。